ぷれぜん仙人のブログ

〜言葉で人を動かす技術の探究〜

 
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【思考ログ】"エビデンス"に対する考察(学者の嘘に騙されないために)

ぷれぜん仙人です、

今日は世の中の多くの人が盲信している「エビデンス」に対する見解です。

たぶん、マジョリティ的な思考をしている人には意味不明、もしくはめちゃくちゃ反発されそうだけど。笑

いや、大事ですよ。エビデンスを疑う、って。コロナのワクチンの話とかでも、私ファイザーの論文読んで、「あ、デタラメだなこれ」って思って打ちませんでしたから。

ワクチン打って後悔している人はけっこういそうだけど、ワクチン打たないで後悔してる人いないんじゃないかな?

まあ、それはどっちでもいいんだけど。

サラリーマンやってた時に、"エビデンス教"みたいな人がいまして。その人をイメージして書いたものです。

この世界は本当に嘘だらけ、虚構に満ちています。それを民衆に信じさせるために学者って職業が存在してるんじゃないの?ってくらい色んな嘘がありますからね。

こういうの盲信してる人は、ちょっと考えるキッカケになれば良いかなと思ってます。

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世の中には二言目には「エビデンスあんのか?」みたいな事を言う人がいるが、なんでそんなに盲信してるんだろう、って思う。

エビデンスって学者が出すもんだからね。学者の言う事ってそもそも信用できんのか?と。自分の定義でいくと、「真の学者」なんて100人いたら1〜2人とかしかいないんじゃないの?って思ってるから。

学者には必ずスポンサーがいるんですよ。で、その意向に添った事をやらざるを得なくなる。誰だって自分の生活が大事だからね。

でも、学者って、学問を純粋に探求する人なんだから、ロジックとか事実に対して誠実であることが大前提でしょ。金とか地位とか空気とかで意見を変えるような人間を”学者”とは少なくとも俺は認めない。

そんな奴らが金積まれて書いた論文にどんだけの価値、信憑性があるんだ、って話で。そもそもさ、そういうエビデンスあんのか?系の人って、絶対に原典の論文読んでないよね。誰が書いたのか?内容はどうなのか?読んでないのに理解もくそもない。「論文が存在している」という事だけを重要視。

だから、ちょっと調べればデタラメだって分かる結論を鵜呑みにして、これは正しい!とかやっちゃうんですよ。まずは統計学ってもんがどんなもんなのか?論文ってものがどんな風にできあがるものなのか?

アカデミックな世界と実業界の癒着構造ってどうなってんのか?その辺をちゃんとお勉強した上で、「エビデンス」って言葉を使ってほしい。

じゃあ、何を信じるんだよ?って話なら自分の思考と体感でしょ。それしかないよ。まず考えてみて、筋が通ってそうならやってみれば良い。それで体感で分かる。

あるいは体感とか結果が出るまでに年単位、ものによっては10年単位でかかるものもある。それは自分の信念に従うしかない。

少なくとも、エビデンスなどというデタラメ極まりないものに人生預けるよりはよほどマシじゃないかと思うんだけど。