ぷれぜん仙人です、
幸福を求めない人はいないと思うけど、「落とし穴」に落ちてる人って多いんじゃないかと。
童話で「幸せの青い鳥」を探しつづけて、どこに行っても見つからなくて、家に帰ってきたらそこにいた・・・みたいな話があるけど本当にそういう事なんだと思う。
今、目の前にある幸福に気づくことができるか、という話。
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「幸福」の落とし穴について。
それは、幸福というものを「外」に求め、「未来」に求めることなんじゃないかと思う。考えればすごく当たり前のことだけど、ちゃんと言語化して認識できてる人少ないんじゃないかな。
まず、幸福は自分の外側には絶対ない。例えば、食べるものとか、住んでる場所とか、仕事内容とか、結婚してる人(付き合ってる人)などなど。
卵かけご飯だって食べてる本人が幸せだな、と思えば幸せだし、高級フレンチのフルコースだって本人が食べながら何かにムカついてたりしたら幸せでもなんでもない。
外側にあるものが何かのキッカケになることはあっても、結局は全て自分の内側で発生する感情が幸福感。不幸感を感じてしょうがない、という人の問題は絶対に自分の内側にある。
自分で幸福だと思えば他人が何と言おうと幸福だし。逆に、他人にどんだけ羨ましがられるような生活してても本人が幸福じゃないならそれは不幸なわけで。ここに気づかないと永遠に外側にあるものを追い求めては、幸福が得られずに疲弊するだけという無限地獄になる。これ本当に重要だと思う。
あとは、幸福を「未来」に求めるのも絶対間違っている。幸福って常に「現在形」でしか存在できないから。未来に幸福を予約することも、今感じている幸福を真空パックで保存しておくこともできない。
過去にあった良いことを思い出して幸福を感じることはできても、それは過去の記憶を再生して、今、幸福を味わっているだけだから。結局、幸福とは今、この瞬間に味わうしかない。
何かを努力して、頑張って、「(今は辛くても)俺は未来に幸福になるんだ!」みたいなのは気持ちは分からないでもないけど、たぶん間違っている。
幸福になりたければ、頑張っている今も幸福を感じるべきだし、今が幸福じゃないなら、おそらく未来で今頑張っているものが手に入ったところで(例えば、お金とか地位とか結果とか)たぶん幸福になれないと気づいた方が良い。
向上心を持って、「より良いところを目指したい!」という気持ちと、今に満足して感謝することは矛盾しないんですよ。
分かりやすく例えるなら、富士山を登っていて、今7合目だとする。今まで登ってきた道のりを振り返って、「今まで頑張ってきてよかったな、幸せだな」というのが今に満足、感謝することであり、頂上を見つめて「よし、あそこまで行ってやろう」というのが向上心という関係性。
重要なことは、「気分が良い状態でいる」ということ。それが次の幸福を運んできてくれるし、今が不幸なら未来も不幸になる可能性が高い。
向上心を持ちながら今を否定して、ネガティブな感情になるのなら、そんな向上心ない方が良い。それは永遠に満足できない地獄へのルートだから。
このへんをちゃんと腹落ちできていれば、今がどんな状態であってもそれを楽しむことができるし、幸福を感じることができる。すごく重要だと思う。



