ぷれぜん仙人のブログ

〜言葉で人を動かす技術の探究〜

 
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【思考ログ】"悟り"とは何か?(現実世界で役立つサトリの話)

ぷれぜん仙人です、

今日は悟りの効用について。

それ学んだら、会得したら、何が良い事あんのよ??
という話を書いてみました。

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「悟る」ってどういう事なのか?悟ったら何が起こるのか?というと、最近の認識としては「レジリエンス」なのかな、と思っている。

昔は悟ったら辛い事とか悲しい事とか怒る事とかなくなるのかな、と思っていた。でも、それは無いよね、と。

例えば、ブッダが今生きてたとして、公園のベンチに座っていていきなり水風船ぶつけたら怒るでしょ(笑)という話。両親死んだら泣くでしょ、癌だと言われたらショック受けるでしょ、資産が無一文にななったら絶望するでしょ、という話。

そこは悟りとは関係ないんですよ。問題はそういう感情とか思考とかに対して「執着があるかないか」だと思う。つまり、悟ってない人はずーっとそれに関わってしまって、ひどい場合なら一生忘れられない恨みになったり、トラウマになったりする。

でも、悟っている人(=空観とか仮観をマスターしている人と簡単に定義しておく)はそこに執着が生まれない。要するにすぐに復活する、レジリエンスが高いということ。まとめると、悟るということは感情が無くなることではない。感情は全然感じる。でも、そこに囚われなくなることなんじゃないか、ということ。

もちろん、自分はまだまだ修行が足りない、大したことがないから、ムカついたり、悲しんだり、凹んだりするけど。以前と比較すると、「そのネガティブ感情に巻き込まれている時間」は確実に短くなっていると感じる。それを実現する重要なポイントは「観察」にある。自分の感情や思考を分離する。

それを他人のような視点で見つめる自分を作る(というか取り戻す、気づく、イメージ)。これをコツコツとやっていく事が「空観を体得する」という事に繋がっていく。空観の定義とか、説明ができるとか、そんなのどうでもいいし、何の役にも立たない。これはものすごく重要な話。

頭でっかちの悟りオタクになっても何の意味もない。本を読んでも空観が分かるようになどならないのはそういう理屈。日々の生活を通しての、地道な観察、そして気付きこそに真の価値がある。